イタリア料理の本場、ローマっ子たちの舌と腹を満たしている人気イタリア料理店「TRATTORIA DEL PACIOCCONE」を営んでいるのは、意外にも日本人だ。彼の名は高波利幸。千葉商科大学サービス創造学部の公式サポーター企業「クオルス」の代表取締役であり、イタリア料理のシェフとして自ら腕を振るっている。本場でイタリア料理店を経営する「侍シェフ」の挑戦とは。

 
 

ローマで日本人がイタリア料理店を開くということ

――2012年に本場ローマにイタリア料理店「TRATTORIA DEL PACIOCCONE」を出店されました。日本人がイタリアでイタリア料理店を出すというのは聞いたことがありませんね。

高波 ええ、イタリアでイタリアレストランの営業権を取得した日本人は、おそらく私がはじめてだと思います。
実はイタリアで就労するためのビザをとるのは非常に大変なのですが、そのための手続きをしている時もイタリア人から「日本料理の店を出すのか?」と聞かれて「いや、イタリア料理の店だ」と答えると、「おまえは変わったやつだな」と言ってビックリされました。
ローマで日本人がイタリア料理店を開くということは、逆に考えれば、東京でイタリア人が寿司屋をやるようなものかもしれません。いかがですか? イタリア人が握った寿司を食べに行きますか?(笑)
 

――確かにそうですね。しかしながら、お店は大変な盛況だとローマ在住の友人からも聞きました。
高波 ありがたいことですね(笑)。おかげさまで、イタリアで最も有名なグルメガイドブック『ガンベロ・ロッソ』にも取り上げていただきました。
ローマはイタリアの首都、世界有数の観光地です。街の中心地にあればどんなレストランでも観光客が押し寄せます。しかも、法律で地域ごとの飲食店数が決められているので、過度な競争にさらされることはありません。
一方、家賃は高く、ユーロ統一で物価も跳ね上がりました。儲けを出すために、固定費の大半を占める人件費を削減しようとします。給料が高いイタリア人従業員は雇用できない状況になり、外国人労働者を安価な賃金で雇用し、彼らに料理を教え、お客様に提供するようになります。また、できるだけ少ない人数でオペレーションできるように欧米レストランの仕組みも導入されました。さらには、観光客相手のため、料理の質を軽視して冷凍加工食品を多用します。
こうして、イタリアで本当に質の高いイタリア料理店に出会うこと自体が困難な時代になってしまいました。
それでも、料理やワインの修行をするためにイタリアへ渡る日本人は3,000人ともいわれています。しかし、イタリア人全体の失業率も20%といわれる時代です。日本人をはじめとする外国人に対する労働ビザの取得には厳格な法律が敷かれていて難しく、新たにイタリアで職を見つけることは困難な状況なのです。
 

――お話を伺っていると、日本人のイタリア進出は想像以上に大変ですね。

高波 イタリア料理店で働く日本人は決して多くないと言いましたが、実はミシュランガイドで星を獲得しているイタリア料理店で、その星を維持するために活躍している功労者は、実は日本人シェフたちなのです。彼らがイタリアのレストランを支えているといっても過言ではありません。
しかしながら、彼らがトップに立つことはありません。経営者や料理長に抜擢されないからです。セリエAで活躍するACミランの本田圭佑選手やインテルの長友佑都選手らが、チームのキャプテンになったり、将来的に監督になれたりするかどうかも同じかもしれません。
しかも、日本人もイタリアでは外国人労働者ですから、日本では30〜40万円の月給をもらっていたシェフたちが、現地では5〜10万円程度しかもらえないというような厳しい労働環境です。
ですから、私が経営者としてイタリアに店を出そうと思ったのです。料理界の若者達にサッカーや野球以外でも世界の強者達とわたり合ってもらいたい、そんな気持ちもありました。
 

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「TRATTORIA DEL PACIOCCONE」はローマ人からも大人気
 
 

キャストはエンターティナー

――お客様を魅了する秘訣はなんでしょう。

高波 私たちのスタッフはすべて正社員です。そしてこの社員のことを、ディズニーランド同様「キャスト」と呼んでいます。私たちは美味しいものを食べるためだけに料理を提供しているのではありません。その時間を楽しんでいただくためのエンターティナーだと考えているのです。
ですから彼らには、「レストランのキャストたるもの、いつもエンターテイメントを考えよう」と言っています。お客様のしぐさひとつ見逃さないということ。時に苦情やお叱りも受けますが、それさえも私たちにとって大切な学びになっています。
「あのレストランに行くと思いがけないことが起こる」と思っていただくことが大切です。思いもよらない体験は感動につながります。単なるファンではなく熱狂的なサポーターに変わるのです。
おかげさまで、どの店も90%以上のリピーター率を誇っています。
 

――具体的にどのような社員教育をされているのですか。

高波 ザ・リッツ・カールトンホテルなどと同様で、すべてのキャストたちに「クレド」と呼ばれるカードを渡し、私たちのヴィジョンを共有しています。
カードサイズに折り畳まれたこのクレドには、3つの企業信条、サービスの3ステップ、お取引先への約束、キャストへの約束、そして30以上に及ぶ行動基準などがびっしり書かれています。これをミーティングで繰り返し読み上げるなど、意識づけを全員で徹底しています。みんなで相談しながら内容も毎年改訂します。
例えば、大切にしている信条のひとつに「イタリア料理を通じてみなさんの心を豊かにする」があります。このプライドこそがお店を育て、お客様に伝わり、お客様たちの言葉によってキャストがまた育てられる、そんな循環を生んでいると思います。
 

――イタリアでもそのスタンスが評価されている訳ですね。

高波 私たちが描くヴィジョン、コンセプト、マネジメント力、技術力には自信がありました。ただのコックで終わらない、イタリア人に負けるわけがない、という気概も持っていました。
今、日本人のスポーツ選手が海外のビッグクラブに移籍して大きなニュースにもたらしていますが、多くの業界では、世界における日本人の評価はまだまだ低いと感じます。
私は「日本人が世界で通用する」ことを料理の世界で証明したいと常々思ってきました。
とにかく、挑戦したかったんです。その情熱と人々のつながりが、ローマ店を成功に導いていると思っています。
 

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「TRATTORIA DEL PACIOCCONE」の店内
 
 

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<プロフィール>

高波 利幸(たかなみ・としゆき)
Takanami_profile1968年新潟県上越市生まれ。中高時代は陸上部に所属し800メートルでは県の強化選手として活躍。高校卒業後、服部栄養専門学校で料理を学ぶ。在学中のヨーロッパ研修でイタリアに惹かれ、イタリアレストランで修行を積む。7年間の東京生活の後、新潟に帰郷。1993年4月イタリアレストラン「LA PENTOLACCIA」を開業。青山、川崎などで系列店5店舗を経営。2012年には本場ローマに「TRATTORIA DEL PACIOCCONE」を出店。2014年9月には銀座に新店舗をオープン予定。昨年、『有言絶対実行!描いたビジョンの実現力「僕はローマにイタリア料理店を出す!」』を出版。クオルス株式会社代表取締役(千葉商科大学サービス創造学部公式サポーター企業)。