牧和男
イオンエンターテイメント株式会社代表取締役社長
千葉商科大学サービス創造学部・桐生南高校 共同企画「サービス創造熱血講座」

「今日は基本的につまらない話をします。ですが、3カ所だけ面白い話をするので、そこだけはぜひ笑ってください!」と高校生たちに気さくな口調で語り始めたのは、牧和男氏だ。牧氏は、講演当時、国内最多のスクリーンを持つイオンエンターテイメント株式会社代表取締役社長を務め、現在はイオングループのリフォームスタジオ株式会社で代表取締役を務める。2014年11月より行われている千葉商科大学サービス創造学部と群馬県桐生南高校との共同企画シリーズ「サービス創造熱血講座」に牧氏が登壇、「社長のお仕事」をテーマに高校生たちにメッセージを送った。

 


社長業に生きた大学4年間の経験

群馬県立桐生南高校の野球部時代の先輩・後輩であり、現在は千葉商科大学サービス創造学部でともに特命教授を務める佐瀬守男氏(株式会社ホットランド代表取締役)と荒木重雄氏(株式会社スポーツマーケティングラボラトリー代表取締役)の提案で実現した、「サービス創造熱血講座」は、今回で11回目を数えた。これまでさまざまなジャンルの社会の第一線で活躍する方たちが登壇し、高校生たちに熱いエールを送ってきた。前回のイオンエンターテイメント株式会社 コンテンツ・プロモーション部 部長の小金沢剛康氏(※)に続き、今回は同社代表取締役社長(当時)の牧氏が登壇した。
 
イオンエンターテイメント社は、営業収益8兆円、グループ会社は295社あるイオングループの中の映画興行会社である。イオンシネマ 86劇場を運営、国内最多の726スクリーンを展開、映画興行事業のほかにも、2016年度の秋学期には、千葉商科大学サービス創造学部とともに、シネコン業界では国内初となる「映画興行ビジネス」をテーマにした全8回の特別講義を開講するなど、さまざまな事業を行っている。
 
そもそも、高校時代には教員の道をめざしていたという牧社長。なぜエンターテインメント業界の道に進むことになったのか、話はその経緯からさかのぼっていった。
「教師をめざしていたので大学は教育学部を受けました。しかし結果は不合格。翌年も再度受験に失敗し、最大のピンチを経験しました。そして二浪になったときには、教師の道にこだわらず、違う学部を受けようと思い、県内の高崎経済大学に合格しました。ですから、群馬は私の第二の故郷でもあります」と笑顔で話す。
高崎での4年間で、今の職業につながる重要な経験をしたと牧社長は明かす。「下宿生活をしていましたが、そこでは上下関係を学ぶことができました。また繭を製糸会社に販売するアルバイトをしていたのですが、商売を通し、経済がどのように成り立っているかを学ぶことができました。大学では経済学や経営組織論などを学びましたが、このアルバイト経験は社長業に通じるものがあったと改めて実感しています。」
そして、就職活動する頃には起業したいと考えるように。当時、総合スーパーのジャスコ(現・イオン)が新しい事業を積極的に展開しているということに興味を抱き、1985年4月に入社した。入社後は、新事業企画部に配属されたり、グループ会社のガソリンスタンドの経営に携わったり、人材育成部長の職に就いたり、とさまざまな経験を経て、2014年3月、イオンエンターテイメント社の社長に就任することになった。
「もし自分が教員になっていたら、何を教えていたか、と今も考えることがあります。まず授業で映画を教えるコマをもらいたい。映画には答えがありませんから、生徒同士で、どう思ったか話し合い、相手の意見を聞くことが学びにつながります。それこそが教育になると思いますし、そうした一面も映画の素晴らしさだと思っています」と語る。
 

牧社長は、「エンターテイメントは、お客さまに感動を届ける仕事です。これは経営理念でもあります。そして、感動とは何かと言うと、サプライズ、匠の技、おもてなし、快い裏切りだと思っています」と映画の魅力について語った。

 


社長の仕事とは

「社長」というと堅苦しいイメージが付きまとうが、「従業員を元気にすることが社長の仕事だと思っています。ですから私は、できる限り社員と話すよう心がけています」と話す牧氏。そのうえで、企業のトップに立つ人間について必要な3つのポイントを挙げた。
 

いかに早くチャンスを掴むか。時代やお客さまの変化などをいち早くキャッチして、アクションプランを見つけること。
2.ビジョンを明確にすること。
3.①鳥の目(俯瞰する目) ②虫の目(細かく見る目) ③魚の目(お客さまの変化を見る目) という3つの目で物事を見ること。
 

「社長の仕事は部活と同じかもしれません。逆境でも成長し続ける強い会社をつくりたいと考えると、変革する力が大事です。企業の寿命は30年という説がありますが、その中で業種、業態を変え、企業は変革しながら、成長していく。これだけ環境が変化しているわけですから、変化に気づき、会社自体を変革させていかないと、企業は生き残ることができません。またチームづくりも重要です。チームをまとめるには、ビジョンを追求する力が必要になってきます。同じことをやっても仕方ない、どうやって化学反応を起こすかが社長の仕事ではないでしょうか」と持論を述べた。
 

「高校時代の友達は一生の付き合いになります。気が合わない人も新しい考え方をくれるかもしれませんから、ぜひ友達になってほしいと思います。先生、先輩、この高校時代に積極的に交流を深めてほしい」と牧社長は言う。

 

そして最後に生徒たちにメッセージを送った。
「実は高校時代、社長になりたいと全然思ってなかったけれど社長になれました。不思議ですよね。皆さんも進路についていろいろ考えると思いますが、進学を希望しているのであればそれはゴールではありません。目標を達成するための手段です。社会人は応用編ですから、今は基礎を学んでいるところ。必ず発見がありますから、自分が興味を持っている分野を深く勉強してほしい。今日の話を受けて、もう一度自分自身が将来何をやりたいのか、自分なりに考えてほしい。そして、照れくさいけど、親に相談してほしいと思います。『これでいい』と『これがいい』は、ほんの少しの差ですが大きく違います。『これでいい』は妥協になってしまいますが、『これがいい』というのは自分の意志が入っていますからね。皆さんも自分の『これがいい』を見つけていってほしいと思います」と締めくくった。
 

コーディネータを務めたサービス創造学部の西尾淳教授は、「人の気持ちを想像することがサービスを創造すること。それを体験するツールとして、映画をはじめ、小説やマンガを読むことは非常に重要。これからの社会を担う皆さんも、人の気持ちを感じる力を大事にしてほしいと思います」と高校生に語り掛けた。

 

生徒を代表して登場した難波拓生くんは、「社長がおっしゃった3つのポイントは、今の私たちがすぐに身につけることは難しいと思いますが、感動する経験をたくさん通して学んでいきたいと思いました。私たちは学校というまったく違うもの同士がたくさんいる場所で生活しています。いろいろな人と交流を通して、化学反応を起こし、自分の可能性を広げたいと思います」と謝辞を述べた。

 


将来を考える起爆剤ともなっている熱血講座

熱血講座について在校生に話を伺うと、「考え方が変わった」という声を聞くことができた。生徒会副会長を務めており、謝辞を述べた難波拓生くん(同校2年)は今回の講義を受けて、「エンタメという分野は人を感動させたり、いろいろなことを学ぶことができたり、“幸福のスパイラル”が生まれる部分が非常に素晴らしい仕事だと感じました。自分は俳優という職業に憧れがあったのですが、これまでの講座を受けていく中で、考え方が変わりました。将来、大学でリーダーシップなどを学び、幅広く多方面に活躍できる人材になれればいいなと思っています。可能性があれば社長という仕事もやってみたい」と抱負を述べた。また、将来は看護師になりたいという目標を持っている佐藤美優さん(同校2年)は、「母が看護師ということもあり、人の助けになる仕事や人と関わる仕事がしたいと思ったのが看護師をめざしている理由です。牧社長が『感動はサプライズやおもてなし』とおっしゃっていましたが、今日のお話を伺って看護でも役立つところがたくさんあると感じました。ジャンルの違う職種でも応用できることが多くあるということは熱血講座を通して得た発見です」と大きな収穫があったことを明かした。
 

桐生南高校の髙張浩一校長(中央)を囲み、記念の1枚。(写真左から)佐藤美優さん、難波拓生くん(ともに同校2年)、牧社長、西尾教授。

 

一方、今年度の熱血講座を終え、桐生南高校の髙張浩一校長は「前回、今回と、映画興行会社のお話を違うテーマで伺いました。連続性があったため、生徒たちも非常に分かりやすかったのではないかと思います。この熱血講座は、生徒たちには将来のための基礎的な力をつけるという意味で非常に重要な役割を果たしています。今後は、学びをさらに深めるために、学校内でのキャリア教育と熱血講座を、一貫したものとしてとらえていきたいと考えています。ですから、講座も単発ではなく、できれば連続性のある形にしたい。一方で、生徒たちもホームルームの時間や進路を考える時間の中で、講座についての意見交換を行ったり、聞いてみたい質問を考えてみたりすることも重要でしょう。キャリア教育と熱血講座を連携し、体系化していくことは、生徒たちの成長につながると信じています」と今後の期待を語る。
 

髙張校長は、「熱血講座は、生徒たちには将来のための基礎的な力をつけるという意味で非常に重要な役割を果たしています」と語る。

 

※学年、役職等は、2017年3月時点のもの。

 

<プロフィール>

牧和男(まき・かずお)

リフォームスタジオ株式会社 代表取締役社長
 
1979年に横浜市立桜丘高等学校卒業。81年4月に高崎経済大学入学。大学卒業後の85年に、ジャスコ(現・イオン)に入社する。95年4月から新事業企画部課長を1年半ほど務めた後、翌年イオンのグループ企業「メガペトロ」に異動。ショッピングセンターの駐車場内にガソリンスタンドを展開する同社では、店舗運営部長代行、人事総務部長、取締役、常務など任に就く。2012年5月にイオン株式会社グループ人材育成部長、14年3月よりイオンエンターテイメント株式会社代表取締役社長に就任。17年3月よりリフォームスタジオ株式会社顧問。同年6月より同社代表取締役社長就任。