2013年11月、台湾の地でチャイニーズタイペイ(台湾)を相手に3連勝と幸先がいいスタートを切った新生・侍ジャパンのトップチーム。その遠征に先駆けて、トップチームの代表チーム常設だけではなく、女子も含めたアマチュア各世代の代表チームをひとつに統括し、運営していくことが発表された。プロを中心としたトップチームだけではなく、全世代の野球日本代表チームを一本化することによる事業戦略「全世代、侍ジャパン」について、NPB特別参与(侍ジャパン事業戦略担当)を務める荒木重雄氏に聞く。

 
 

侍ビジネス拡大に欠かせないパートナーの存在

 

――そもそも、なぜ侍ジャパンを常設化することになったのでしょうか。

荒木 野球界というよりは、日本国内、そして海外をも含めたスポーツを取り巻く環境やメディア環境の変化に大きく起因しています。わが国の少子化、野球以外のスポーツの台頭、スポーツの国際化などに加え、スポーツだけでなくあらゆるエンターテインメントが日常の生活や”手のひら”に入り込む、国境を越えたコンテンツの多様化がものすごいスピードで進んでいます。この”選択肢の時代”に「野球」がどうエントリーされ続けるか。そのためにはあらたな仕組みづくりと収益の拡大が求められていたということだと思います。
同時に、野球だけでなくすべてのスポーツにおいて、競技力が世界レベルで問われる時代になり、これに対してどう対応していくのかという命題もありました。今年のWBCでは、日本代表チーム3連覇の夢が断たれました。これを機に、侍ジャパンがもう一度世界一に輝くためにどうするのか、戦力強化について見直すことになり、そこで出たひとつの答えが、”侍ジャパンを常設化し、WBCのための急造選抜チームにするのではなく、4年単位でチームを育てていこう”という考え方だったのです。そのためには、事業面の充実も必要となります。
すなわち、「侍ジャパン」の常設化は、4年後の世界一奪還に向けた戦力強化と同時に、NPBの新規事業立ち上げを通じた市場拡大いう意味を持っていました。

 

――そこに荒木さんが登用されました。
荒木 今年4月、侍ジャパン事業委員会からお声がけいただき、侍ジャパンの事業戦略づくりを担うことになりました。私とともに就任したのが、これまで複数の球団で球団事業に携わってきた前沢賢(特別参与補佐)でした。この前沢くんという11歳年下のビジネスパートナーの存在抜きに、今の私の仕事を語ることはできません。北海道日本ハムファイターズ、横浜DeNAベイスターズで事業をつくり、私も設立に携わったパシフィックリーグマーケティング(PLM)でも辣腕を振るってきた男です。
就任後の1ヶ月はふたりで休日もつぶし、侃々諤々と議論を繰り返し、それこそ”合宿モード”で中期事業戦略づくりに時間を費やしました。彼の野球への強い思い、現状への危機感、そして、これまでのスポーツ業界で培った知見は私にとっても刺激的なものでした。

 
 

各世代の侍ジャパンを束ねる

 

――侍ジャパンの事業戦略を策定するに当たり、具体的にどのようなことに取り組んだのでしょうか。

荒木 4月に着任した私たちが真っ先に取り組んだのは、中長期的計画を意識した侍ジャパンのグランドデザインを描くことでした。 少子高齢化が進み、国内人口、野球の競技人口が減少傾向にあることは、目を背けることのできない事実です。事業戦略を策定する上で、この危機感の共有こそがスタートでした。
野球界にとっての危機を乗り越えるために、プロとアマが結束する。これが我々の最初のキーワードでした。5月、NPBと全日本野球協会(BFJ)が共同で「野球日本代表マーケティング委員会(JMBC)」を立上げ、このJMBCが全世代の侍ジャパンを事業面、マーケティング面でサポートすることになりました。このことが、私たちが事業を進める上で最初の大きな一歩だったと感じます。

 

――JMBC設立にはどのような意味があるのでしょうか。
荒木 ご存じの通り、野球界は非常に複雑な構造になっています。いわゆるプロアマの壁だけではありません。アマチュア野球の中にも、硬式・軟式といったボールの違いや世代などによって細分化されたさまざまな統括団体が存在しています(※)。
全世代の野球日本代表を「侍ジャパン」として束ねることによって、トップチーム以外の各世代も、チームスポンサーやイベントスポンサーに応援していただきやすくなりますし、放映権も販売しやすくなります。マーケティングを強化することで増えた収益をアマチュア球界にも還元し、その資金を元に「世界最強」を目指して各世代の戦力強化を進められる環境整備ができればという思いで絵を描いたのです。

※参考) 「日本の野球団体図」

 
 

侍ジャパンがバリューチェーンの中心になる

 
――侍ジャパンが今後目指す方向とは。
荒木 11月6日、都内ホテルに各世代の代表チームの監督と代表選手が一堂に会しての記者会見を行いました。プロアマの垣根を越えた全世代の野球日本代表が同じ侍ジャパンのユニホームに袖を通し、1枚の写真に納まった。これは、野球界にとって歴史的な一日と言っていいでしょう。しかしこれも、まだ第一歩を踏み出したに過ぎません。現時点では企業秘密ということで言えることも限られてしまいますが(笑)、今後さまざまな事業施策の展開を考えています。
プロ野球選手を主体とするトップチームには、日本野球を代表するトップクラスの選手たちが集まります。今年の2013WBC2次ラウンドのオランダ戦で平均34.4%、瞬間最高44.6%という高視聴率を記録したように、侍ジャパンのマーケティングポテンシャルの高さを生かして、野球全体の人気を高める起爆剤としての役割も担わなければならないと思っています。

 

――具体的にはどのような課題を感じているのでしょうか。

荒木 かつて、昭和の時代には「巨人・大鵬・玉子焼き」とも言われたように、巨人戦のナイターが当たり前のように家庭のテレビで毎晩放映されていました。 そしてそこには、ONと呼ばれる大スターがいました。かくいう私も、長嶋茂雄さんや王貞治さんを見ながら育った野球小僧の一人です。しかしいつしか、地上波で放送される試合は限られるようになり、人々がプロ野球を目にする機会は以前と比較すると減ってしまいました。そんな中で、侍ジャパンがONに代わるシンボリック(象徴的)な存在となれるように、メディア価値を高めていく必要があります。
今回台湾へ遠征は若手中心メンバーで構成されましたが、今シーズンのベストナインもしくはゴールデングラブ賞に選出された選手、盗塁王、新人王といったタイトルホルダーも多数含まれていたように、高い能力を誇る素晴らしい選手たちでした。こうした侍ジャパンのトップチームに選ばれた選手たちのすごさを丁寧にプロモーションして、各球団にもその人気を還元できるような仕掛けづくり。そのような価値の連鎖、いわゆるバリューチェーンの中心的役割を侍ジャパンが果たさなくてはいけないという使命を感じています。
そのためにも、テレビだけではなくインターネットなどのメディアとの融合は、今後大きなテーマになると思っています。

 

【侍ビジネス、始動。<上>】はこちら

【侍ビジネス、始動。<下>】はこちら

 
 

<プロフィール>

荒木 重雄(あらき・しげお)
0007901986年日本IBM入社。国際ネットワーク事業に9年従事した後、欧米系通信会社の日本法人の要職を歴任。2005年千葉ロッテマリーンズに企画広報部長として入社。事業部長、執行役員事業本部長として球団の経営改革に従事する。2007年パシフィックリーグマーケティング株式会社(PLM)の設立に伴い、同社の執行役員、取締役。2009年千葉ロッテマリーンズ退団後、株式会社スポーツマーケティングラボラトリーを設立。2013年4月より一般社団法人日本野球機構(NPB) 特別参与(侍ジャパン事業戦略担当)。これまで日本サッカー協会(JFA)広報委員、日本トップリーグ連携機構プロジェクトメンバー、文部科学省委託事業「スポーツの環境の整備に関する調査研究事業」プロジェクトメンバー、国土交通省・観光庁「スポーツ・ツーリズム推進連絡会議」委員などを歴任。千葉商科大学サービス創造学部特命教授も務める。
Pocket
LINEで送る