渡邊一樹
ヤマト運輸株式会社 人事戦略部長
物流サービス論「クロネコヤマトの経営戦略」
千葉商科大学サービス創造学部には、「学問から学ぶ」「企業から学ぶ」「活動から学ぶ」の教育の3つの柱がある。同学部の滝澤淳浩准教授が担当する「物流サービス論」は、15回にわたり、現場のプロから直接指導を受けることができる「企業から学ぶ」講義だ。同学部の公式サポーター企業であるヤマト運輸株式会社を講師にお迎えし、毎回テーマに沿って物流界全体の仕組みを学ぶ。ヤマトグループが目指してきた姿、理想の将来像とはどういうものなのか、Kicky!編集部が講義に潜入した。
社員の合言葉「ヤマトは我なり」
ヤマト運輸株式会社の創業は、大正8(1919)年。創業100周年を迎える2019年までにアジアNO.1の流通・生活支援ソリューションプロバイダーになることを目標に掲げ、新たなサービスを生み出し続けている。
ヤマト運輸の代名詞ともいえる宅急便は、昭和51(1976)年に開始した。低迷していた業績を回復すべく、これまで郵政省、国鉄が行っていた個人向けの小口貨物配送サービスに着手。最初は役員全員の反対を受けたが、当時社長だった小倉昌男氏は信念を貫いた。開始当初はなかなか普及しなかったが、宅急便の評判は全国に広がり、徐々に業績も上向きに。今では売上高1兆円に及ぶ、日本で最大手の宅配会社となっている。
そんなヤマト運輸の受け継がれる創業の精神は昭和6(1931)年につくられた。なかでも、同社を象徴する言葉が、「ヤマトは我なり」である。ヤマト運輸で人事戦略部長を務める渡邊一樹氏はその意図を、「正社員、アルバイトにかかわらず、ヤマト運輸の代表者、経営者である気持ちを持ってもらいたいということ。つまり全員経営という概念です」と語る。
全員経営に必要な6つのポイント
企業理念の根幹にあるこの全員経営とは、「経営の目的や目標を明確にしたうえで、仕事のやり方を細かく規定せずに、社員に任せて、自分の仕事を会社の代表として責任をもって遂行してもらうこと」だという。「よく『セールスドライバーの対応がいいですね』といっていただきます。マニュアルについて聞かれることがありますが、ヤマト運輸には接客対応のマニュアルがありません。お客様の要望は十人十色。その場その場で社員が判断する。小倉昌男の言葉に『サービスが先、利益は後』がありますが、そのスタンスで仕事を行っています」と渡邊氏は言う。さらに、全員経営のためのポイントとして、以下の6つを挙げる。
1.同一目的
2.情報共有
3.業務参画
4.自主性・自律性
5.多機能
6.成果配分
「一般的には、優秀な人間を揃えることを少数精鋭と言いますが、われわれは小集団にすることで少数精鋭になると考えています。1つのセンターは10人前後で構成されていますが、人数を少なくすることで、ベクトルがあわせやすかったり、情報伝達がしやすかったり、全員が業務に参画しやすいといったメリットがあります。その結果、当事者意識が芽生えることにつながります。」
またセールスドライバーは、宅急便の集配はもちろん、営業やお客様対応など、さまざまな業務もこなす。「『すし屋の職人になれ』とセールスドライバーに言うのですが、職人はお客様に満足してもらえるよう、さまざまな役割を担います。セールスドライバーも同様に多機能化することで、一人ひとりの責任感が高まると同時に、仕事を通して得られる喜びも大きくなるのです」と理由を述べる。
変わらない理念(1.安全第一、営業第二 2.サービスが先、利益は後、3.全員経営)がある一方で、社会構造やお客様のニーズなど世の中の変化に応じた目標は変えていくべきであると渡邊氏は強く語る。
ヤマトグループを支える「ものさし」
ヤマト運輸を中心としたヤマトグループでは、「社会的インフラとしての宅急便ネットワークの高度化、より便利で快適な生活関連サービスの創造、革新的な物流システムの開発を通じて、豊かな社会の実現に貢献」という経営理念の下、事業を展開している。
「急成長する企業は多くありますが、10年、20年、ましてや100年、永続的に発展するのは非常に難しいこと。ヤマト運輸はおかげさまで2019年に100周年を迎えますが、それはお客様あってのことです。そして、会社としては社員一人ひとりの判断基準としての“ものさし=方針”があり、方針にそって社員が自由に行動、環境変化に柔軟に対応ができる強い組織があることが大きい。創業から変わることのない明確な企業理念がある一方で、変わるべきところは変わる柔軟性をもっていることが存続できている理由だと思っています」と述べた。
「宅急便はサービス業。第一線の社員がいかによいサービスをお客様に提供できるか、一方で社員の質をいかに高められるかが、重要になると思っています」という渡邊氏の言葉にあったように、「質のよいサービスとは何か」を改めて考えさせられる時間となった。