千葉商科大学サービス創造学部の教員を紹介する「教えて、センセイ!」第2回は、人的資源管理とブライダル産業を専門とする今井重男准教授。同大学の卒業生でもあり、企業勤務時代には労働組合の委員長も務めた彼の素顔に迫る。
人生が変わった恩師との出会い
――先生はこの千葉商科大学のご出身なんですよね。どんな大学生だったのですか。
今井 そうです。大学に入ってからは演劇ばかりで、勉強はあまりしていなかったんですよ(笑)。
高校時代はバンド活動をしていまして。今でこそ一般的ですが、当時ディスコが全盛期でしたから、欧米のハードロックバンドにあこがれて革ジャン・長髪でバンドをやっているのは珍しかったんです。大学に入学して高校時代の仲間に、「おまえ相変わらず変わったことをやってるな」と思わせるには何がいいだろうと考えて思いついたのが芝居でした。そう、浪人時代のベストセラー『ノルウェイの森』の影響もあったかもしれません。それで演劇研究部に入ったんです。
ところが、2年生になって運命的な出会いをします。それが現在サービス創造学部の学部長を務めている吉田優治先生でした。当時、商経学部の専任講師としてこの大学に赴任してきたばかりの若かりし吉田先生が講義されていた「経営管理論」をとったところ、これが斬新で衝撃的でした。
――具体的にはどんなところが。
今井 当時は大教室での講義、マスプロ的な授業が多かったのですが、吉田先生の講義は学生に考えさせて話させる形式で行われていました。いわゆるケースメソッドです。私自身も発言する機会を何度かいただきながら楽しく参加することができて、非常に大きな刺激を受けました。
それで、3年生に上がる際に吉田ゼミに入りたいなと思ったんですね。私は吉田ゼミの1期生になるのですが、当時から人気があって20人の定員に対して56人が応募したんです。私の学業成績は3年生に上がれるかどうかの瀬戸際というレベルでしたから、よく20人の枠に入れたなと不思議に思います。
ゼミの選抜に合格したはいいけど、進級できなかったらゼミは受けられませんから、周りの仲間も心配してくれていたようで、無事に私の進級が決まった時には、友人からの祝福メッセージで家の固定電話が鳴りやみませんでした。まだ携帯電話のなかった25年ほど前の話です(笑)。
そんないきさつで入ったゼミですから、週1回のゼミだけは本当にまじめに参加しました。
無駄に委縮する必要はない
――先生が就職されたのは「ヤナセ」でしたね。
今井 ちょうどバブルがはじけた直後くらいでしたが、まだまだ学生が売り手市場で恵まれている時代でした。吉田先生と知り合いだったヤナセの人事部で教育訓練を担当するマネージャーの方を紹介していただいたのがきっかけで、トントン拍子で内定をいただきました。
例によって卒業時も「単位が足りないかもしれない!」という状況で薄氷を踏む思いでしたが、なんとか卒業することができ、無事に入社の運びとなったのです。
――お話を伺っていると学業には随分苦労されたようですが(笑)、就職に際しての不安はなかったのですか。
今井 入社に先立ち、初任地を決めるため適性を見極めるという意味合いで2泊3日の内定者合宿が行われました。
同期入社の仲間たちは他大学の学生たちばかりでしたが、彼らと並んで挑んだ合宿で、吉田ゼミ仕込みの“押し出しの強いプレゼン”がはまったりしたこともあって、「周りもみな同じ大学生。大したことはないな」とそんな風に思えたんです。もっとも相手もそう思っていたと思いますが(笑)。同期の面々に対して特に劣等感を感じることはない、気後れする必要はない、そう思えて私にとって大きな自信になりました。
私は現在、千葉商科大学の学生の就職活動を支援する責任者という立場にあります。「萎縮するな」ということは、大学のOBである私が、後輩の学生諸君に伝えたいメッセージの一つです。