「全世代、侍ジャパン」。トップチームだけではなく、各世代の代表チームも「侍ジャパン」として一体型のマーケティングを行うことが決まり、新たな事業戦略をスタートさせた新生・侍ジャパンプロジェクト。彼らは、日本野球界が抱えるさまざまな問題の救世主となりうるのか。NPB特別参与(侍ジャパン事業戦略担当)・荒木重雄氏に、今後の展望を聞く。

 
 

競技人口減少の危機に立ち向かう

 

――懸念される問題のひとつとして、荒木さんが「少子化」について触れていらっしゃいました。子どもたちの競技人口が減っていくことも予想されます。これは野球だけではなく、すべてのスポーツに共通する危機意識かもしれませんね。

荒木 そうですね。今後日本は、世界中のどの国もが経験したことのないような少子高齢化社会へと突入していきます。質の高い野球選手を輩出し続けるためには、できるだけ多くの子どもたちに野球をプレーしてもらうことが必要です。将来的に競技を離れた後も、コアファンとして野球界を盛り上げてくれることも期待できます。
野球は、ルールが大変複雑なスポーツです。かつて毎日のようにテレビで巨人戦のナイター中継があった時代には、私たちはそれを見ながら自然に野球のルールを覚えることができました。これが、難しいルールのスポーツであるにも関わらず、野球が日本でポピュラーなエンターテインメントとして定着してきた理由のひとつかもしれません。
しかし、現在のようにテレビ中継が少なくなるということは、子どもたちにとってルールを知る機会が失われていることも意味します。野球が身近なスポーツではなくなってしまえば、当然ながら、プレーする子どもの数にも影響が及ぶことになります。

スポーツ界全体を見渡すと、来たる2014年はソチオリンピックやサッカーワールドカップなど、日本中が注目する国際的に大きなイベントが続きます。かつて1993年Jリーグが発足した年や、1998年はじめてサッカー日本代表がワールドカップ出場を果たした年などは、野球の競技人口が減少したというデータが残っているように、こうした大きなイベントも野球の競技人口や観客動員に少なからず影響を与えることが推測できます。
侍ジャパンを核にした事業戦略を描く上では、代表候補の層にだけ目配りするのではなく、広く野球を楽しむ子どもたちを増やし、社会全体に対して野球文化を醸成・浸透していけるように、育成や普及といった側面も強く意識していく必要があると思っています。

 
 

台湾遠征は海外戦略の「はじめの一歩」

 

――長い目で見れば、国内マーケットは縮小傾向に進むことは明白です。やはり海外マーケットへの進出も必要でしょうか。
荒木 社会全体でグローバル化が叫ばれている時代ですから、野球界だけが国内だけを向いているというわけにもいきません。プロ野球の世界を見ても、日本人選手がメジャーリーグへ移籍するケースも増えていますし、アジア各国から日本球界へ移籍してくる選手もいます。
日本の野球界だけを見ていても侍のビジネスは育ちません。特に、侍ジャパンが戦う相手は基本的に海外のチームですから、ビジネス面も、国内のマーケットだけで完結することはなく、アメリカ、アジア、その他の国々など、野球発展国はもちろんのこと、今後、野球発展途上国も含めて、どう連携を図っていくのかといったことをまさに今考えています。
 
――台湾でスタートしたことも、今後のアジア戦略につながりますね。
荒木 ありがたいことに、台湾の中華民国棒球協会(CTBA)からご招待をいただき、今回の親善試合が実現しました。新生・侍ジャパンとして、これまでになかった”遠征”という新しいスタイルの取り組みができたことは、私たちにとって大きな収穫でした。
台湾といえば、親日国として有名です。また、WBCでのチャイニーズタイペイ(台湾)との死闘も記憶に新しいように、よきライバル国でもあります。台湾は、今後アジアにおいてビジネスを進めていく上で協業が期待される大切なパートナーのひとつです。
また忘れてはいけないのが、2011年3月11日に起きた東日本大震災の際に、台湾の人々がいち早く多大な支援をくださったこと。毎試合後、監督・選手たちがマウンドに集まり、中国語で謝辞を記したバナーを掲げていました。野球を通じて、台湾のみなさんへ当時の謝意を改めて伝えられたこともよかったです。
アジア全体の野球交流について考えると、今回の台湾遠征はその第一歩として大きな意味を持っていたと思います。

 
 

侍ビジネスを活性化させるIT戦略

 

――メディアの活用も一層重要になりそうですね。

荒木 テレビ放送の影響力は非常に大きいのですが、これだけPCやスマートフォンが普及している時代で、かつデバイスも今後ますます進化していくことを考えると、インターネットメディアの活用は必須の課題です。
今回の侍ジャパンのチャイニーズタイペイ戦でも、テレビ中継が終了後、「ニコニコ動画」がインターネット中継を行いました。侍ジャパンの試合をネット配信するのには、将来的なファン層を拡大したいという狙いもあるのです。

 

――ネット中継がファン層拡大につながる理由とは。
荒木 日本シリーズやオールスターなどプロ野球のテレビ視聴者を調べてみると、50代以上の方が占める割合が非常に多いことがわかりました。プロ野球中継全盛の時代を過ごしてきた世代が、現在も野球のテレビ中継を支えているということです。
ネットの動画サイトユーザーは、20代、30代、40代とバランスのいい視聴者層に分かれていますし、スマートフォンの普及を考えればより若い人たちへのリーチが可能になります。また、代表戦だから野球を見てみようかといういわゆるライトファン、熱狂的なコアファン、自分がプレーするのに夢中な草野球プレーヤー、あるいはもっと競技志向の高いトップレベルに近いプレーヤーたち……、ひとえに野球ファンといっても興味の程度や志向はまちまちですから、インターネットを利用して、こうしたそれぞれのファン層ごとに対応した情報提供、コミュニケーションを強化できれば、テレビ放送とはまた違った魅力を提供できるかもしれません。
それは同時に、テレビ放送自体も新しい可能性が見出せるということも意味しています。インターネットとテレビの融合がキーワードだと思っています。
私たちは、「野球のポテンシャルはまだまだこんなもんじゃない」と思っているんです。ここから先は実現してのお楽しみといったところですが(笑)、侍ジャパンをビジネスの核として、みなさん誰もがワクワクするような野球界にしていきたいですね。

 

【侍ビジネス、始動。<上>】はこちら

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<プロフィール>

荒木 重雄(あらき・しげお)
0007901986年日本IBM入社。国際ネットワーク事業に9年従事した後、欧米系通信会社の日本法人の要職を歴任。2005年千葉ロッテマリーンズに企画広報部長として入社。事業部長、執行役員事業本部長として球団の経営改革に従事する。2007年パシフィックリーグマーケティング株式会社(PLM)の設立に伴い、同社の執行役員、取締役。2009年千葉ロッテマリーンズ退団後、株式会社スポーツマーケティングラボラトリーを設立。2013年4月より一般社団法人日本野球機構(NPB) 特別参与(侍ジャパン事業戦略担当)。これまで日本サッカー協会(JFA)広報委員、日本トップリーグ連携機構プロジェクトメンバー、文部科学省委託事業「スポーツの環境の整備に関する調査研究事業」プロジェクトメンバー、国土交通省・観光庁「スポーツ・ツーリズム推進連絡会議」委員などを歴任。千葉商科大学サービス創造学部特命教授も務める。
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