前回に引き続き、千葉商科大学サービス創造学部・今井重男准教授に話を聞く。なぜビジネスマンから教員に転身したのか。社会人として得たさまざまな体験は、どのように教育に生かされているのか。そして、学生たちに示したいキモチとは。

 

学びの楽しさを知る 

――社会人になってから大学院に通われたんですよね。

今井 私は商科大学出身でありながら、財務や簿記といった勉強をした経験がありませんでした。正確に言えば、授業はとったのですが身に付かなかったんですね。労働組合で委員長を務めるようになった頃、会社がまさに苦境に立たされていたこともあり、あらためて大学院に通って理論武装をしようと考えたのです。
大学院に通ってみると勉強が面白くなり、さらに博士課程へと進みました。図書館の書庫のカビのにおいが恋しくなって、本を読みあさるようになりました。これは大学生時代には経験しなかったことです(笑)。

 

――何を専攻されたのですか。

今井 研究テーマは「地域労働市場」でした。
ちょうど会社では、ビジネスモデルの変更に伴い人事制度の見直しを図っていました。それまでは緩やかだった賃金の地域格差を、実質的な地域の暮らしの水準に合わせていきました。その際、実質的な暮らしの根拠として賃金センサスだったり地域の平均物価水準だったりを基準にしていたわけですが、果たしてそれが本当に適正なのか調べてみたいと思ったのです。
大学時代にも授業で耳にしていた聞き覚えのある専門用語が、自分の仕事と結びつきリアリティを持って頭に入ってくるのは心から楽しく思える時間でした。

 

ビジネスマンから大学教員へ

――その後、企業人としての生活から一転、大学教員の道を進まれました。

今井 倒産するかもしれないという危機を乗り越え、会社は立ち直りました。その後、自動車販売事業ど真ん中の統括本部を経て、横浜地区の地域営業活動統括部門で総務に異動しました。その当時は、「どこがやるのか決まらない仕事は総務でやる」という感じで、採用業務、文書作成や昇進試験対策から、草刈りやトイレの配管掃除といった仕事まで、ありとあらゆる雑用を担当したものです。
その後2010年1月、従業員数300人程度の子会社に総務課長として赴任しました。ちょうどこの頃母校から「4月から専任の教員にならないか」というお話をいただいたのです。

 

――随分急な話ですね。特に迷いはなかったのですか。

今井 自分自身、教育に携わりたいという思いがあって準備もしていたこともあり、思い切ってお引き受けしました。とはいえ、1月に新しい会社に着任して、4月からの教員という話でしたから私自身大変驚きましたし、結果的に会社にも迷惑をかけることになりました。正式に大学での採用が決まったのが3月4日でしたから、そこからは有給休暇を取ることもなく業務の引継ぎをしなければなりませんでした。
ありがたかったのは、昔からずっと仕事ぶりを見守ってくれていた上司が、赴任して3カ月の私を「ちゃんと送り出してやろう」と言ってくださったことです。また、労働組合時代に対峙した大手銀行出身の役員が労をねぎらってしたためてくださった手紙も、宝物として今も大切にとってあります。一心不乱に働いてきましたが、見てくださる方はいるものですね。本当に報われたと思った出来事で今も感謝しています。

 

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