千葉ロッテ、千葉ジェッツ、両プロジェクトの企画・運営に関わって活躍してきた。2014年度は千葉商科大学サービス創造学部が開催するプロジェクト大賞・個人の部で大賞も受賞した。2015年3月、同大学同学部3期生として卒業した若松大幹くんに、大学生活を通して学んだこと、そして新生活に向けた決意を聞いた。

 


プロ野球、プロスポーツと関わる仕事を

高校時代は野球漬けの日々だった。将来は、プロ野球か、プロスポーツに関わる仕事がしたいと考えた。そんなある日、高校の指導の先生に大学の進路を相談したところ、「千葉商科大学サービス創造学部には、プロ野球・千葉ロッテマリーンズと関わる授業がある」と教えてもらったことをきっかけに、大学のオープンキャンパスに足を運ぶ。話を聞き、個別相談をしてみて、この学部へ魅力を感じ進学を決めたという。
出身は埼玉県和光市。出身高校も埼玉県の県立高校だった。「進路指導の先生に勧められていなかったら、千葉に来ることもなかったでしょうし、この大学を知ることもなかったかもしれません」と振り返る。
 

若松くんはこれまでを振り返り「これまでさまざまな方からいただいたご縁をありがたく感じています」と話す。


同級生の言動に感化されて

学部の魅力について聞くと、「学部に入ってみて感じたことは、挑戦する場がいっぱいあるということ」と話す彼だが、大学1年の時は周りに流されがちで、決して積極的なタイプではなかったそうだ。そんな彼にとって大きな転機となったのが、2年生の時に出会った同級生の山田絢美さん(サービス創造学部3期生)との出会いだったと言う。
「『経営学ケースディスカッション』という授業では、自己申告制で前に出て発言をしていたのですが、そこで毎回のように前に出て発言をしていたのが山田さんでした。彼女の姿を見ていて、これまでのほほんと大学生活を送っていた自分が恥ずかしく感じました。受身になっては意味がない、そして、この人みたいに発言ができるような人になりたいとその時に思ったんです。彼女に出会わなければ、今の自分はなかったと思います。」
同級生の姿に開眼した彼の第2の大学生活が始まったのである。
 
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学位記を授与され、「卒業の実感が湧かないです。また今年も大学に来てしまいそうな気がしています」と笑う若松くん。


千葉ロッテ・プロジェクトへの参加

彼が学生生活のなかで大半の時間を費やしたのが、千葉ロッテ・プロジェクト、千葉ジェッツ・プロジェクトというスポーツに関するプロジェクト活動だった。これは、同学部の公式サポーター企業となっているプロ野球チーム「千葉ロッテマリーンズ」とバスケットボールチーム「千葉ジェッツ」の両球団が、学生と連携して活動を行うカリキュラムだ。2年生以降を前提としているカリキュラムのため、1年生には単位が与えられないことや必修科目とかぶってしまうなどの理由から選択しない学生がほとんどだが、プロ野球に関わる仕事に就きたいと考えていた彼は、千葉ロッテ・プロジェクトに1年生から顔を出すようにしていた。
本格的にプロジェクトに関わるようになったのは、2年生の時。山田さんとの出会いもあり、自身の転換期を迎えていた彼は積極的に発言をし、周りとコミュニケーションを図っていった。“若松流”の統率力は、同級生はもちろん、周囲のメンバーに高く評価され、2年生の後期から3年生の秋までリーダーを任されることになる。そして、QVCマリンフィールドで行わる千葉商科大学マッチデーで東北へのチャリティ企画を実践するなど、結果を残していった。
 

「僕の成長は1年生に千葉ロッテ・プロジェクトを経験できたから。もちろん、1年生の時は積極的なタイプではなかったので、僕にとっては意味がなかったかもしれませんが、もっと積極的に参加できるシステムを作ることで、成長につながると思います。単位がないからやる人が少ないけれど、単位がすべてではないと思う。」


千葉ジェッツ・プロジェクトでプロジェクト大賞を受賞

3年生の秋、千葉ロッテ・プロジェクトのリーダーを後輩に譲ったタイミングで、千葉ジェッツ・プロジェクトの募集を掲示板で目にした。「野球にかぎらず、広くスポーツビジネスを知るためにはいい機会だと思った」と、3年秋学期に実施された千葉ジェッツ・プロジェクトにも参加することになる。ここでもまたリーダーとして千葉ジェッツの試合を盛り上げる企画を考えた。
「まさかバスケットボールのスポーツビジネスにかかわるとは思ってなかった」と振り返った彼だが、「野球よりもバスケットの方がお客さんとの距離が近く、規模が小さい分、逆にやれることは多かった。楽しくて4年生でも関わることになって」と語る。2014年度は、プロジェクト大賞・個人の部で大賞を受賞した。
「高校時代の野球部では副部長を務めていたものの、サポート役が中心でした。プロジェクトでも周りの意見を尊重したり、みんなの意見を集めたりする役回りが多かったですね。とくに、プロジェクトは一人でやるものではありません。千葉ロッテでも、千葉ジェッツでも、困った時周りのみんなが助けてくれました。必ず、隣にいてサポートしてくれる人がいたから自分自身迷わなくてすみましたし、自分が暴走することもなく、うまくプロジェクトが成り立ったのかなと思っています。とにかく周りに助けられた4年間。ほかの人の影響があったからこそ、今こうして無事に卒業ができるんだと思います」と充実した表情で語った。
 

プロジェクト大賞・個人の部で大賞に選ばれ表彰された矢口優志くん(左)、小林実加さん(右)とともに。


先生との出会いが将来を決めた

よき仲間に出会ったことだけでなく、よき教員に出会ったことも大きな転機となった。同学部のマーケティング研究を行う宮澤薫准教授のゼミに2年生から入る。宮澤ゼミで2、3年と企業プレゼンや課題を経験していくうちに、興味はスポーツビジネスから、やがて食品メーカーへと移っていった。
「食品は毎日買うもの。マーケティングも日々変わるので、そこが面白いと思いました。宮澤先生の授業の課題でお菓子や飲料水の陳列方法を学びましたが、その戦略づくりもすごく楽しかった。」
就職活動の際も、宮澤准教授をはじめ複数の教員に履歴書を添削してもらい、相談にものってもらっていたという。「この学部は先生と学生が近いところがいいところだと思います。先生と近くなければアドバイスはもらえませんからね。」
実際に就職活動した感想を聞くと「楽しかった」と即答する。「説明会は20~30社程度行きましたが、これだけ色々な企業を見たり、色々な方にお話を伺ったり、僕の話を聞いたりしてもらうことなどないですから。」
 
この春からは、麺の総合食品メーカーのシマダヤ株式会社の営業職に就く。「シマダヤも、チャレンジ精神を持っている若者を求めていました。僕も同じような志を持って大学生活を送ってきましたので、卒業してもその心を忘れることなく、努力していきたいと思っています」と社会人としての決意を強く語る。
今後の目標は「マーケティングの職種に就くこと」。母校で得た大きな財産と自信が、将来の夢につながることを信じて、若松くんは旅立っていく。

 

「早めに第1志望を決めなかったのが逆によかったのかもしれません。どこかに絞っていたら、もしそこが落ちた時に、なかなか立ち直れなかった可能性もありますからね。」

 
 

<プロフィール>

若松 大幹(わかまつ・たいき)

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2011年埼玉県立志木高等学校卒業後、千葉商科大学サービス創造学部入学。1年次から学生たち自らが企画・実践するプロジェクト活動の「千葉ロッテ・プロジェクト」、「千葉ジェッツ・プロジェクト」などに参加し、リーダーとして活躍。2014年度は千葉ジェッツ・プロジェクト、個人の部で大賞も受賞した。2015年4月より、シマダヤ株式会社に就職予定。