アパレルメーカー人事部を目指した理由

 

――そもそも、なぜアパレル業界を目指したのですか。

中村 元々ファッションに関心があったのです。学生時代は体育会に所属して学ランで過ごしていましたので、オフの日におしゃれするのは私にとって大きな楽しみでした。

 
――なるほど。では、人事部にこだわった理由は。

中村 こちらは大きく2つ理由があります。 ひとつは、組織に所属する人々の「能力を高め」「やる気を高める」という2つの機能を通じて、業績に貢献するのが人事の役割ですので、大学時代のゼミで学んだ「人や組織をいかに動かしていくか」という学びを生かせると考えたからです。
もうひとつは、「(社員教育など)教育に携わりたい」と考えたからです。私は元々研究者になりたいという気持ちも持っていましたが、研究者になるということは教員になるということでもあります。社員に対する教育プログラムの開発・実践を通じて、人を育てることに関わりたいという思いを抱いていました。

 
 

さまざまな貴重な経験が私の大切な財産

 

――そしてレナウンに就職されました。

中村 「アパレル企業の人事部で働きたい」というのが私自身の就職活動における目標でした。「ファッションは一国の文化である」と掲げていたレナウンは、私にとって理想的な会社だと思いましたし、「人事部で働き教育に携わりたい」と一貫して言い続けた私の願いを聞き入れてくれた会社でもありました。
当時レナウンには、全国で1万人の従業員がいました。人事部に所属し、彼らが担当するいろいろな業務について話を聞き教えてもらったことも、私にとって大きな財産になっています。

 
――会社員時代のどのような体験が記憶に残っていますか。
中村 数多くありますが、そのひとつが英国の「Aquascutum(アクアスキュータム)」というブランドの買収に伴う国内小売業界へ進出したプロジェクトです。レナウン本体はアパレルメーカーですから、それまで小売の機能を持っていませんでした。老舗の海外ブランドを買収して日本で展開するということは、これまでBtoB一本でやってきた会社がBtoCにチャレンジするということを意味しています。店舗における店長教育などのプログラム開発は、会社として初めての試みでした。
また、デザイナーやパタンナーといったクリエーターたちの評価制度構築など、数多くの新しいプロジェクトに携わることができたのは貴重な体験だったと思っています。
 
 

驚くべき成長を遂げる大学生たち

――話は変わりますが、ご自身の学生時代と比べて、今の学生たちをどう見ていますか。

中村 「今どきの若者は」と目くじらを立てる方も多いようですが、私自身はさほど変わらないのではないかと感じています。企業に務める社会人も、いわゆる企業研修などに遅刻したり、研修中寝ていたりするものです。一方で、前向きな姿勢で学んでいる学生も大勢いますし、結局のところ、今の学生が特別ダメというようなことはないと思います。
しかしながら、文部科学省が学生の主体的な学修を促すための「アクティブ・ラーニング(能動的学修)」の重要性を謳う一方で、学生は受け身型の講義を求めているというデータ(※注)もあります。グループ・ディスカッション、グループ・ワークなども含めた体験学習、問題解決学習などの能動的な学修は、学生も負担を感じているようですね。

 

もちろん指導する側も、ディスカッションとなるといわゆる講義と異なり、学生たちがちゃんと発言してくれるかどうか不安に感じる教員もいるかもしれません。想像もつかない方向に議論が進んでいく可能性だってあります。インストラクターの役割となる教師は、発言者の意見を整理しながら議論を進めていかなければなりませんが、これは準備して対応できるものではなく、決して簡単なことではありません。
しかしながら、学生たちがこれまでに経験してきたことも、立派な理論となりえます。それには、彼らが経験した特殊な環境に留まらず、他の組織でもあてはまるような普遍性を持った考えとして整理できるかどうかが大切です。きちんと理論化できれば、それは彼らの持論となり、学生時代の大きな成果になるはずです。その橋渡しを私たち教員が果たしてあげなければなりません。

 

――大学生活4年間で、先生の目にも学生たちの成長は実感できるものですか。

中村 ええ、ビックリするほど成長しますよ。私が会社員時代を過ごした19年の内、8年間は採用を担当していました。数千人の学生を見て、そして採用した彼らに新入社員研修のプログラムを施してきました。その経験が今、学生たちに対する私なりの指導方針やメッセージとなっています。
具体的には、私の講義をとっている学生120名に対して年間30回の講義すべてでレポートを課し、彼らが提出したレポートに対して、内容はもちろん、誤字脱字やてにをはを含めて、すべてに赤字を入れて返しています。3行書くのに苦労していた学生たちが、1年間終わるころには、紙を裏まで使うほどびっしり書いてくるようになります。手間をかけて学生と向き合えば、それだけ成長するのだと実感します。

 

私のゼミには各学年15名前後の学生たちがいます。彼らゼミ生については、必然的にさらに目をかけることになります。

私がいつも彼らに厳しく言うのは、「挨拶をしなさい」「時間を守りなさい」「約束を守りなさい」「他人を助けられる人になりなさい」「努力できる人になりなさい」という5つの事柄です。そして、これらが身につくような学問の場を提供したいと考えています。たとえば、共同研究を行うのも、飲み会や合宿を学生自身に計画してもらうことも、これらの教えを自然に身につけるために有効です。机の上で学ぶことだけではなく、すべてが学びにつながるのだと思うのです。
彼ら学生には、断片的な知識を持って小利口に育つのではなく、そうした知識を使いこなせる人になってもらいたい。こうした教えを通じて、立派に社会に通用する人間になって卒業してほしいと願っています。

 
 

生きた大学情報が少ない高校生たちへの危惧

 

――大学受験を控える高校生にメッセージを。

中村 どこまで真剣に調べ、情報を集めているか、大学の選び方は、非常に気になっています。これは高校生だけに限ったことではなく、彼らを取り巻く学校の先生や保護者の方々も同様です。
有名な大学、有名企業に就職している学生が多い大学を選ぶ。それは結果的に偏差値の高い大学を選ぶことになる。本当にそういう大学選びでいいのでしょうか。情報が洪水のようにあふれている時代に、自分に最もふさわしい大学選びを実現するための有益な情報が得られないのではないかと危惧しています。

とはいえ、どのように選ぶかという方法が限られているのも事実です。たとえば、大学生の就職活動であれば、大学の就職課がそれなりに充実した情報を持っています。企業と大学が連携した情報が共有されたり、非公式とはいえOBOGの訪問制度も慣例的になっていたりします。

ところが、われわれは、高校の進路相談室が大学進学についてどの程度、どのような情報を持っているかという実情をよく分かっていません。高校の先生も大変忙しく、いろいろな大学が説明に訪問すれば迷惑かもしれません。親御さんにしてもしかりです。しかし、子どもたちの将来を考えるならば、大学のさまざまな取り組みなどの生きた情報が、高校生やその周りの皆さんにきちんと届くようにならないといけませんね。

 

――学生を迎える先生方の課題は。

中村 同じ大学、同じ学部だとしても、教員自身の指導方針やスタイルなどは人それぞれです。しかしながら、しっかりと学生を指導し、学生が就職するなどの形で社会に巣立ち、社会で人の役に立つ人間へと成長していくのは、私たち教員にとって共通の目標のはずです。そういう意味で、私たち大人がさまざまな経験を通じて体得した「大人の生き様」のようなものを、専門分野の理論とからめながら学生たちに伝えていけるといいですよね。

こうした意志統一を図りながら学内組織を強化し、カリキュラムなどに反映させていくことは、これからの私たちの課題であるとも思っています。

 

※注)大学での学習や生活に関する意識・実態について(インターネット調査)

<プロフィール>

中村 秋生(なかむら・しゅうせい)

0007901977年青山学院大学経営学部卒業。同年(株)レナウン入社後、一貫して人事畑を歩む。1996年より青森中央短期大学経営情報学科専任講師、1998年より青森中央学院大学経営法学部専任講師、2002年より共栄大学国際経営学部助教授、教授。2009年千葉商科大学サービス創造学部教授就任。「経営学入門」「経営組織論」「経営学ケースディスカッション」を担当、2014年春より「サービスマネジメント」も指導予定。専門は組織行動論。

 

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